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名古屋地方裁判所 平成2年(行ウ)30号 判決 1996年12月25日

原告

浅井岩根

橋本修三

原告ら訴訟代理人弁護士

福島啓氏

佐久間信司

滝田誠一

杉浦英樹

井口浩治

新海聡

鈴木良明

杉浦龍至

竹内浩史

西野昭雄

山田秀樹

被告

西尾武喜

外三名

参加人

名古屋市長

西尾武喜

被告ら及び参加人訴訟代理人弁護士

大場民男

被告ら及び参加人訴訟復代理人弁護士

堀口久

参加人訴訟代理人弁護士

鈴木匡

鈴木雅雄

主文

一  本件訴え中、名古屋市と被告財団法人世界デザイン博覧会協会との間において締結された別紙(一)契約一覧表の契約に係る被告西尾武喜及び被告大澤正隆に対する損害賠償請求に係る部分を却下する。

二  本件訴え中、名古屋市と被告財団法人世界デザイン博覧会協会との間において締結された別紙(一)契約一覧表⑲ないし及びの各契約に係る被告栗田大六に対する損害賠償請求に係る部分を却下する。

三  被告西尾武喜は、名古屋市に対し、金一〇億二八九三万八九二一円及びこれに対する平成二年九月七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

四  被告大澤正隆は、名古屋市に対し、金三五三〇万五六二九円及びこれに対する平成二年九月八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

五  被告栗田大六は、名古屋市に対し、金一〇億二八三三万六一六五円及びこれに対する平成二年九月一六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

六  被告財団法人世界デザイン博覧会協会は、名古屋市に対し、金一〇億三六三一万九三二四円の支払をせよ。

七  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

八  訴訟費用中、原告らに生じた費用の四分の一、被告西尾武喜、被告栗田大六及び参加人に生じた費用の各一〇〇分の一並びに被告大澤正隆に生じた費用の二〇分の一九を原告らの負担とし、原告らに生じた費用の八〇分の一及び被告大澤正隆に生じた費用の二〇分の一を被告大澤正隆の負担とし、原告ら、被告西尾武喜及び被告栗田大六に生じたその余の費用並びに被告財団法人世界デザイン博覧会協会に生じた費用を、被告西尾武喜、被告栗田大六及び被告財団法人世界デザイン博覧会協会の負担とし、参加人に生じたその余の費用を、被告西尾武喜の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、名古屋市に対し、各自、金一〇億三六三一万九三二四円及びこれに対する、被告西尾武喜及び被告財団法人世界デザイン博覧会協会については平成二年九月七日から、被告大澤正隆については平成二年九月八日から、被告栗田大六については平成二年九月一六日から、それぞれ支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  当事者について

(一) 原告らは、いずれも名古屋市の住民である。

(二)(1) 被告西尾武喜(以下「被告西尾」という。)は、昭和六〇年四月以来名古屋市長の職にある者である。

(2) 被告大澤正隆(以下「被告大澤」という。)は、昭和六〇年五月から平成五年五月まで名古屋市助役の職にあった者である。

(3) 被告栗田大六(以下「被告栗田」という。)は、昭和五九年六月から平成二年六月まで名古屋市収入役の職にあった者である。

(4) 被告財団法人世界デザイン博覧会協会(以下「被告協会」という。)は、「一九八九年の名古屋市における世界デザイン博覧会の準備及び開催運営を行うことにより、デザインを通じた産業及び文化の発展を図るとともに、国際交流を促進し、もって国民生活の向上に寄与すること」を目的として、昭和六一年一二月二六日に設立され、平成二年三月三一日に解散した財団法人である。

被告協会の寄付行為は、理事のうち一人を会長とすること及び会長は被告協会を代表することを定めており、被告西尾は、被告協会の会長(理事)として被告協会を代表する権限を有していた。被告大澤は被告協会の副会長(理事)であり、被告栗田は、被告協会の監事であった。

2  世界デザイン博覧会について

平成元年七月一五日から同年一一月二六日まで、名古屋市内において、名古屋市の市制百周年記念事業の一つとして、被告協会によって、世界デザイン博覧会(以下「デザイン博」という。)が開催された。

3  名古屋市による施設及び物品の購入

(一) 名古屋市は、被告協会から、被告協会がデザイン博で使用した施設及び物品(以下「施設等」という。)を買い受けた。

それらの売買契約についての名古屋市における担当部局、契約年月日、契約金額、目的物は、別紙(一)契約一覧表記載のとおりである(以下、これらの契約を総称して「本件各契約」といい、個々の契約については、別紙(一)契約一覧表記載の番号により、「本件契約①」などという。)。

(二) 本件各契約の代金は、平成二年一月一六日から同年三月一四日までの間に、名古屋市から被告協会に全額支払われた。

また、本件各契約の目的物は、すべて被告協会から名古屋市に引き渡された。

4  本件各契約の締結に関する行為者

(一) 名古屋市における行為者

(1) 購入の意思決定について

ア 名古屋市においては、本件各契約締結当時、次の各規程により、次のとおり、補助職員が、購入の意思決定に関する事務を代決する権限を有していた。

① 助役は、助役以下代決規程四条一項、別表第一「助役欄」一七号、一九号及び一九号の二により、「一件一億二〇〇〇万円以下の公有財産の買入れの決定に関すること」、「一件四〇〇〇万円以下の物品の買入れの決定に関すること」及び「一件六〇〇〇万円以下の工事用材料の買入れの決定に関すること」について、局長は、同規程四条一項、別表第一「局長欄」一二号、一四号及び一四号の二により、「一件四〇〇〇万円以下の公有財産の買入れの決定に関すること」、「一件一二〇〇万円以下の物品の買入れの決定に関すること」及び「一件二〇〇〇万円以下の工事用材料の買入れの決定に関すること」について、課長は、同規程四条一項、別表第一「課長欄」六号により、「一件一二〇万円以下の物品の買入れの決定に関すること」について、それぞれ代決権限を有していた。

本件各契約締結当時、名古屋市の助役の職にあったのは、被告大澤と平岩利夫(以下「平岩助役」という。)であった。

② 名古屋市立大学長は、名古屋市立大学長以下職務及び代決規程五条一項、別表第一「学長欄」九号により、「一件八〇〇万円以下の物品の買入れの決定に関すること」について代決権限を有していた。

③ 中央卸売市場本場長は、公所長以下代決規程三条一項、二項、四条一項、別表第一「特例欄」三号により、中央卸売市場本場における「一件四〇〇万円以下の物品の買入れの決定に関すること」について、動物愛護センター、八事霊園斎場管理事務所及び大曽根都市改造事務所それぞれの長は、同規程三条一項、三項、四条一項、別表第一「公所長共通代決権限事項欄」六号により、「一件一二〇万円以下の物品の買入れの決定に関すること」について、それぞれ代決権限を有していた。

④ 教育長は、助役以下代決規程一〇条一項、二項、別表第一「局長欄」一四号及び一四号の二により、「一件一二〇〇万円以下の物品の買入れの決定に関すること」及び「一件二〇〇〇万円以下の工事用材料の買入れの決定に関すること」について、教育次長は、同規程一〇条四項及び教育次長以下代決規程三条八号により、「一件七二〇万円以下の物品の購入の決定に関すること」について、名古屋市教育委員会事務局の部長は、助役以下代決規程一〇条四項及び教育次長以下代決規程二条の二第一号、三条の二第八号により、「一件四〇〇万円以下の物品の購入の決定に関すること」について、美術館副館長は、助役以下代決規程一〇条四項及び教育次長以下代決規程二条の二第二号、一六条六号により、「一件四〇〇万円以下の物品の購入の決定に関すること」について、名古屋市教育委員会事務局の課長は、助役以下代決規程一〇条四項及び教育次長以下代決規程二条の二第三号、七条七号により、「一件一二〇万円以下の物品の購入の決定に関すること」について、それぞれ代決権限を有していた。

⑤ 消防局の課長は、助役以下代決規程八条三項及び消防局部長以下代決規程二条一項、別表第一「課長欄」六号により、「一件一二〇万円以下の物品の買入れの決定に関すること」について代決権限を有していた。

イ 本件各契約のうち、本件契約⑯、本件契約及び本件契約については、その購入の意思決定は、市長が、本件契約⑯、本件契約、本件契約及び本件契約以外の各契約については、その購入の意思決定は、別紙(二)名古屋市行為者一覧表(1)記載の各代決者が、それぞれ行った(なお、同表で行為者が二名記載されているものは、二名の者が代決したという趣旨である。)。

本件契約については、名古屋市水道局長が、地方公営企業(水道事業)の管理者として、購入の意思決定を行った。

(2) 契約締結行為について

ア 名古屋市においては、本件各契約締結当時、次の各規程により、次のとおり補助職員が、契約の締結に関する事務を代決する権限を有していた。

① 局長は、助役以下代決規程四条一項、別表第一「局長欄」二八号により、「契約の締結に関すること」について、課長は、同規程四条一項、別表第一「課長欄」一五号により、「執行の決定について代決権限を有するものに係る契約の締結に関すること」について、それぞれ代決権限を有していた。

② 名古屋市立大学長は、名古屋市立大学長以下職務及び代決規程五条一項及び別表第一「学長欄」一四号により、「執行の決定について代決権限を有するものに係る契約の締結に関すること」について代決権限を有していた。

③ 中央卸売市場本場、動物愛護センター、八事霊園斎場管理事務所及び大曽根都市改造事務所の各長は、公所長以下代決規程三条一項、三項、四条一項、別表第一「公所長共通代決権限事項欄」一一号により、「執行の決定について代決権限を有するものに係る契約の締結に関すること」について、それぞれ代決権限を有していた。

④ 教育長は、助役以下代決規程一〇条一項、二項、別表第一「局長欄」二八号により、「契約の締結に関すること」について代決権限を有していた。また、教育次長は、同規程一〇条四項及び教育次長以下代決規程三条一六号により、名古屋市教育委員会事務局の部長は、助役以下代決規程一〇条四項及び教育次長以下代決規程二条の二第一号、三条の二第一五号により、美術館副館長は、助役以下代決規程一〇条四項及び教育次長以下代決規程二条の二第二号、一六条一三号により、名古屋市教育委員会事務局の課長は、助役以下代決規程一〇条四項及び教育次長以下代決規程二条の二第三号、七条一六号により、それぞれ「執行の決定について代決権限を有するものに係る契約の締結に関すること」について代決権限を有していた。

⑤ 消防局の課長は、助役以下代決規程八条三項及び消防局部長以下代決規程二条一項、別表第一「課長欄」一五号により、「執行の決定について代決権限を有するものに係る契約の締結に関すること」について代決権限を有していた。

イ 本件契約以外の本件各契約の締結行為は、別紙(三)名古屋市行為者一覧表(2)記載の各代決者が、それぞれ行った。

本件契約の締結行為は、名古屋市水道局長が、地方公営企業の管理者として行った。

(二) 被告協会における行為者

(1) 被告協会においては、財団法人世界デザイン博覧会協会処務規程(以下「処務規程」という。)が定められている。

そして、処務規程六条、七条、九条、別表第2(5)により、「五〇〇〇万円以下の物件の売却の決定及び契約の締結」については、専務理事が、「二〇〇〇万円以下の物件の売却の決定及び契約の締結」については、事務局長が、「二〇〇万円以下の物件の売却の決定及び契約の締結」については、部長が、それぞれ常時会長に代わって決裁することとされている。

(2) 本件各契約の売却の決定及び契約締結行為についての決裁者は、別紙(四)被告協会行為者一覧表記載のとおりである。

5  本件各契約の代金の支出行為者

(一) 収入役は、支出に際して、支出負担行為に関する確認(支出負担行為が法令又は予算に違反していないこと及び支出負担行為に係る債務が確定していることの確認)を行わなければならないところ、名古屋市においては、本件各契約の代金の支出当時、収入役室副収入役以下代決規程二条の二第二号、四条五号により、「一件一〇〇〇万円以下の経費についての支出負担行為に関する確認」は、副収入役が、「一件二〇〇万円以下の経費についての支出負担行為に関する確認」は、審査課長が、それぞれ代決する権限を有していた。

(二) 本件各契約のうち本件契約⑲ないしと本件契約とを除く各契約の代金の支出について支出負担行為に関する確認を行った者は、別紙(五)支出負担行為に関する確認者一覧表記載のとおりである。

(三) 本件契約⑲ないしは、地方公営企業(病院事業)、本件契約は、地方公営企業(水道事業)の業務に係るものであるので、収入役は、これらの契約の代金の支出に関与していない。

6  監査請求について

(一) 原告らは、平成二年六月八日、名古屋市監査委員に対して、次のような内容の監査請求書を提出して、監査請求(以下「本件監査請求」という。)をした。

「名古屋市長及び関係職員並びに名古屋市教育委員会委員長及び関係職員は、平成元年一一月二六日ころから平成二年三月ころまでの間に、財団法人世界デザイン博覧会協会からデザイン博で使用した諸施設約四〇〇〇点を代金合計約一〇億四〇〇〇万円で購入した。

購入物件の中には、他に使い道がなく、ほとんど無価値と思われる中古物件や協会が企業などから寄付を受けた施設、物件が多量に含まれている。このように協会が無償で取得した物件等をこのような巨額で購入するのは、協会の赤字隠しのための帳尻合わせ以外の何物でもない。

また、取得後今日に至るまで利用されず放置されている物件も多数存するようであるが、そうであるとすれば、不必要な物件を巨額の費用で購入したということであり、公費の乱費以外の何物でもない。

よって、名古屋市長らによる本件売買契約による支出は、違法又は不当な公金の支出であるから、①名古屋市長が協会及びその理事から本件売買代金相当額の損害金を賠償させること、②名古屋市長その他関係職員らから上記損害金を賠償させることなど、必要な措置を講ずるよう請求する。」

(二) 原告らは、平成二年六月、名古屋市監査委員に対し、次のような内容の補足説明書と題する書面を提出した。

「一 名古屋市にとって不要であり、それ自体無価値な物品を高額で購入することは、名古屋市の犠牲において協会の一方的利益を追求する行為に他ならない。このような売買契約を立案・決定・実行した名古屋市長及び関係職員並びに名古屋市教育委員会委員長及び関係職員の行為は、名古屋市に対する背信的行為であって、明らかに違法である。

二  本件売買契約は、西尾市長が名古屋市及び協会の両当事者を代表して締結したものであって、利益相反の自己取引である。

三  本件売買契約は、随意契約が許される場合に該当しないから、地方自治法二三四条二項に反し、違法である。」

(三) 名古屋市監査委員は、平成二年七月二六日、原告らに対し、本件監査請求は理由がない旨の通知をした。

二  当事者の主張

1  原告らの主張

(一) 本件各契約は、次のとおり違法、無効なものである。

(1) 目的の不法

ア デザイン博開催の前年に北海道で開催された博覧会が大幅な赤字となり、知事の処分にまで発展した。そのため、被告らは、デザイン博が赤字にならないようにすることを最も重要視していた。

また、被告西尾は、デザイン博開催の直前の市長選挙において、デザイン博の成功を重要な公約として掲げていたため、万一デザイン博が赤字となれば、自己の政治生命にかかわるとの認識を有していた。

ところが、平成元年九月ころには、デザイン博は、有料入場者数の伸び悩み、経費の膨張などにより、赤字となることが必至の情勢となった。

そこで、デザイン博が赤字になることを回避するために、同月からデザイン博で使用した施設等を名古屋市において購入することが検討されるようになり、デザイン博が赤字になることを回避する目的で本件各契約が締結された。

本件各契約が締結されなければ、デザイン博は、大幅な赤字となるところであったが、本件各契約が締結され、その代金が名古屋市から支払われたため、二億一〇〇〇万円の黒字となった。被告協会は、この二億一〇〇〇万円を名古屋市に寄付したが、これは、余った金を名古屋市に戻したものであるといえる。

イ 本件各契約がデザイン博が赤字になることを回避する目的で締結されたことは、次の各事実から明らかである。

① 本件のように、地方自治体が、大量かつ多額の施設等を購入するのであれば、デザイン博開催前から、購入するものを選別し、価格を調査して、予算措置を講ずるのが普通である。しかし、右の施設等の購入については、そのような選別、調査、予算措置はされておらず、平成元年九月になってから唐突かつ無計画に購入の検討がされるようになった。

しかも、被告西尾、被告大澤らの最高責任者が購入を決定した後に、幹部会(市長、助役、収入役、各局局長らが出席して毎週開かれる会議)に報告して、各部局に購入について協力を求めるという異例の経過をたどっており、購入する施設等の必要性は全く検討されなかった。

また、施設等を購入することになったものの、予算措置が講じられていなかったため、平成元年度の予算をやり繰りして購入するという異例の措置がとられた。

② 購入された施設等の購入後の利用状況を見ると、実際に利用されていないものが多くある(例えば、本件契約②、⑥のアーバントイレ、本件契約⑰のサテライト及び警備ボックス)。

また、利用されていても、その物の本来の用途に使用されていないもの(例えば、本件契約①のバリカー及び車庫、本件契約⑮のシェルター)、設置数が多すぎて無駄になっているもの(例えば、本件契約①のすいがら入れ、本件契約⑦、⑪の樹木、本件契約⑫のプランター)、全く効用を発揮していないもの(例えば、本件契約③の大型電光表示板、本件契約⑦の外灯、本件契約⑩の縁台)が多くある。

これらのことは、必要性のないものをデザイン博が赤字になることを回避する目的で購入したことを示している。

③ 購入価格は、移設を伴う施設等については、設置価格の五割、移設を伴わない施設等については、設置価格の九割と決定された。

しかし、右の価格は、名古屋市においてほとんど検討されることなく決定されたものであり、このように価格が決定された根拠も全く不明であって、右価格決定に合理性はない。

そして、一見して価格が高すぎることが明白なものが多く存在する(例えば、本件契約の創造の柱、本件契約の農楽図陶壁、本件契約③、⑧、⑰の大型電光表示板、本件契約⑧、、の案内板、本件契約⑭、の便所)。

右購入価格は、デザイン博に生じると予想される赤字の額から逆算して決定されたものにほかならない。

④ 以上のような異例の購入手続、必要性のないものの購入、合理性のない価格決定の各点が最も典型的に見られるのは、次のとおり本件契約⑯である。

a 本件契約⑯の担当部局は農政緑地局であるが、同局ではもともと同契約によって購入された本丸ステージの建築用材料を購入することを予定はしていなかった。しかし、被告西尾や平岩助役からの強い要請によって、平成元年一二月以降に、東山公園内の休憩所等に転用するという名目で購入することを決定した。

b 被告らは、本丸ステージの建築用材料は、東山公園内の休憩所と倉庫の建築に使用されたと主張する(後記4(二)(1))が、本丸ステージの建築用材料は、購入後数箇月間、東山公園内に雨ざらしのまま放置されて、材料の鉄骨や柱に錆が浮いたような状態になっていたのであり、東山公園内の休憩所や倉庫の建設にはほとんど使用されていない。

c 被告らは、本件契約⑯の価格には、撤去運搬費用やデザイン料が含まれていると主張する(後記4(二)(1))が、市が工事用材料を購入する場合には撤去運搬費用は売主が負担すべきであるし、もとの本丸ステージのデザインは東山公園内の休憩所や倉庫には生かされていないからデザイン料を支払う理由もない。したがって、被告らが主張する右価格の決定には合理性がない。その上、名古屋市は、東山公園内の右休憩所と倉庫の建築費として合計八七〇〇万円もの支出をしている。

⑤ 後記(3)(4)のとおり、本件各契約は、随意契約によることができる場合でないのに随意契約によっていたり、一括して一個の契約を締結すべきであるのに分割して契約を締結して議会の議決を経ることを回避したりしているが、これらのことは、本件各契約がデザイン博が赤字になることを回避する目的で締結されたことを示している。

⑥ 本件各契約の対象となった施設等の中でデザイン博開催の記念となるものは、本件契約の農楽図陶壁ぐらいしかない。放送用スピーカー、電話交換機、投光器、樹木などは、一般の規格品で、特にデザインに配慮されたものではないから、デザイン博開催の記念となることはない。また、デザイン博で使用された施設等が現在設置されている場所には、デザイン博で使用された旨の説明はないから、市民がそのことを知ることはできない。したがって、本件各契約が、デザイン博の記念となるものを残す目的で締結されたということはできない。

ウ 本件各契約は、以上のとおりデザイン博の赤字を補填することにより、被告西尾らの政治責任を回避する目的で締結されたものであるから、違法なものである。

また、次の(2)で述べるとおり、本件各契約は、被告西尾が当事者双方を代表して締結したものであるところ、被告西尾は、当事者双方を代表して、右のような不法な目的のために裁量権を鍮越又は濫用して本件各契約を締結したということができるから、本件各契約は、無効である。

(2) 双方代理の禁止違反

ア 市が契約を締結する場合、市を代表する権限を有しているのは、市長である。被告協会が契約を締結する場合、被告協会を代表する権限を有しているのは、会長である。被告西尾は、その両者を兼ねていたから、本件各契約は、被告西尾が、契約当事者である名古屋市と被告協会の双方を代表して締結したものということができる。

名古屋市及び被告協会において、契約締結に関する実際の事務が、市長又は会長の補助者によって行われたとしても、それは、市長又は会長の手足となってそれらの者が事務を処理したというにすぎず、名古屋市及び被告協会を代表して契約を締結したのは、市長及び会長にほかならない。

また、本件各契約は、被告西尾が、市長及び会長として、名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した施設等を購入するとの方針を定め、それに従って締結されたものであるから、実質的に見ても、意思決定をしたのは被告西尾一人である。

したがって、本件各契約は、民法一〇八条に違反し、違法、無効である。

イ そして、右のような違法、無効な契約が締結された場合には、住民全体の利益が害されるから、そのことを、住民が住民訴訟において主張することができるのは当然のことである。

ウ 地方公共団体において地方公共団体と長との利益が相反する場合の措置について定めた法の規定がないことや地方自治法一四二条が地方公共団体の長に対し地方公共団体と利害の対立する団体の長等になることを禁止していることからすると、地方公共団体の長は、地方公共団体と利益が相反する行為をすることを絶対的に禁じられているものと解すべきである。

したがって、地方公共団体の長が民法一〇八条に違反する契約を締結した場合にそれを追認する余地はないものというべきである。

また、仮に追認の余地があるとしても、裁判所に特別代理人の選任を求め、その特別代理人が契約を追認しなければならないのであって、市議会で予算が可決されたり、決算の認定がされたからといって契約が追認されたことにはならない。

被告協会については、民法の法人の規定が適用されるから、民法五七条によって、法人と理事の利益が相反する場合には特別代理人を選任しなければならず、民法一〇八条に違反する契約を追認することができるのも、特別代理人のみである。

したがって、理事会で収支決算書が承認されたからといって契約が追認されたことにはならない。

(3) 随意契約によった違法

ア 地方自治法二三四条二項、同施行令一六七条の二により、地方公共団体は、同施行令一六七条の二第一項各号に掲げる場合でなければ、随意契約によることはできない。

また、随意契約による場合であっても、名古屋市契約規則二〇条により、なるべく二人以上の者から見積書を徴取しなければならない。

イ 本件各契約は、随意契約であるが、右の随意契約によることができる場合に当たらない。右(1)イ⑥のとおり、本件各契約の対象となった施設等の中でデザイン博開催の記念となるものは、ほとんどないから、デザイン博開催の記念となるものを残すために随意契約によってデザイン博で使用した施設等を買い受ける必要性はない。

また、名古屋市は、本件各契約を締結するに当たり、二人以上の者から見積書を徴取していない。

したがって、本件各契約は、違法、無効なものである。

(4) 議会の議決を経なかった違法

ア 名古屋市は、予定価格八〇〇〇万円以上の動産の買入れをしようとするときは、議会の議決を経なければならない(議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例三条)。

イ 本件各契約のうち代金額が八〇〇〇万円以上のものはない。

しかし、本件各契約は、すべてデザイン博に使用された施設等を目的とした売買契約であるから、名古屋市は、一括して一個の売買契約を締結すべきであった。

ところが、一括して一個の売買契約を締結すると、代金額が八〇〇〇万円以上になり、議会の議決を要することから、名古屋市は、議会の議決を回避するために、五〇個の契約に分割して売買契約を締結した。

ウ また、少なくとも次の各契約については、それぞれ一括して一個の売買契約を締結すべきであったが、一括して一個の売買契約を締結すると、代金額が八〇〇〇万円以上になり、議会の議決を要することから、名古屋市は、議会の議決を回避するために、次のとおり分割して売買契約を締結した。

① 本件契約⑩ないし⑰

② 本件契約ないし

③ 本件契約ないし

④ 本件契約ないし

エ したがって、本件各契約は、条例上必要な議会の議決を経ていないから、違法、無効なものである。

(5) 代決権限を有しない者が代決した違法

ア 本件契約⑩、本件契約⑮、本件契約⑰、本件契約、本件契約、本件契約及び本件契約には、契約の目的物に「工事用材料」に当たるものは含まれておらず、契約の目的物はすべて「物品」に当たる。したがって、本件契約⑩、本件契約⑰、本件契約及び本件契約については市長が、本件契約⑮、本件契約及び本件契約については助役が、それぞれ購入の意思決定をすべきであった。

ところが、右の各契約の購入の意思決定は、別紙(二)名古屋市行為者一覧表(1)記載の行為者によってされているから、これらの各契約は違法、無効なものである。

イ 本件契約30ないしの各契約の目的物は、「公有財産」ではなく、「物品」に当たる。したがって、本件契約ないしについては助役が、本件契約及び本件契約については市長が、それぞれ購入の意思決定をすべきであった。

ところが、右の各契約の購入の意思決定は、別紙(二)名古屋市行為者一覧表(1)記載の行為者によってされているから、これらの各契約は違法、無効なものである。

(二) 被告らの責任

(1) 被告西尾について

ア 被告西尾が自ら決裁した契約について

被告西尾は、本件各契約のうち、本件契約⑯、本件契約、本件契約について、自ら購入の意思決定をした。

被告西尾は、故意又は過失によって、右の違法、無効な各契約について購入の意思決定をし、その結果、名古屋市に右契約の代金相当額の損害を被らせたから、被告西尾は、右損害について、名古屋市に対して、損害賠償責任を負う。

イ 代決者が決裁した契約について

① 本件各契約のうち代決者が購入の意思決定及び契約締結行為をしたものについては、被告西尾は、自ら購入の意思決定及び契約締結行為をしてはいない。

② しかし、次の理由により、代決者が故意又は過失によって違法行為をした場合には、長は、その行為の結果発生した損害について損害賠償責任を負うというべきであり、長は、代決者の違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反したときにのみ責任を負うとの考え方をとるべきではない。

a 代決は、内部的な委任であり、長は、対外的には自己の名において事務処理を行うこと。

b 行政組織内部の複雑な権限関係を住民が正確に把握することはできないから、住民が、代決者を特定し、その者に対する長の指揮監督上の責任について主張立証することは困難であること。

c 長に属する事務の大半が補助職員によって執行されている行政事務の現状からすると、長の責任を指揮監督上のものに限定することは、住民による財務会計行為の統制の権限を不当に弱めることになること。

③ 各代決者は、故意又は過失によって、違法、無効な本件各契約について、購入の意思決定をし、契約締結行為をした。そして、その結果、名古屋市に右契約の代金相当額の損害を被らせた。したがって、被告西尾は、右損害について、名古屋市に対し、損害賠償責任を負うというべきである。

④ また、仮に、代決者の違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失によって違法行為を阻止しなかったときに限り、損害賠償責任を負うとの考え方に立ったとしても、被告西尾は、デザイン博の赤字を填補することを目的として被告協会からデザイン博で使用した施設等を買い受けることを指示するなどしたから、代決者の違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失によって違法行為を阻止しなかったということができる。

(2) 被告大澤について

被告大澤は、助役として、被告西尾を補佐し、補助職員の担任する事務を監督すべき法的義務を有しながら、故意又は過失によって、それを怠り、違法、無効な本件各契約を締結させたから、名古屋市に対して、本件各契約の代金相当額の損害について損害賠償責任を負うというべきである。

(3) 被告栗田について

ア 被告栗田は、収入役として、支出負担行為が法令又は予算に違反していないこと及び支出負担行為に係る債務が確定していることを確認した上でなければ支出することができない(地方自治法二三二条の四第二項)。

そして、名古屋市では、契約を締結する場合には、執行伺書(決裁書)が市長又は代決権者に提出され、決裁がされた後に、契約書が作成されて契約が締結されるところ、収入役は、右支出負担行為に関する確認を、①執行伺書(決裁書)、②契約書、③債権者からの請求書、④支出命令書によって行っていた。

イ 名古屋市では、支出負担行為のうち異例と認められるものをしようとするときは、収入役に合議しなければならない(名古屋市会計規則六二条)ところ、本件各契約は、次のとおり異例のものであるから、その締結に際しては被告栗田に合議されたはずである。

① 売主、買主の代表者がともに被告西尾であること。

② 代金額が一〇億円以上にもなるにもかかわらず、これが全く予算に計上されていなかったこと。

③ 次年度に新たな工事を行い、工事費を支出することを要するものを大量に含んでいること。

④ 売主側の見積書がなく、価格の妥当性についての資料が何ら存在しないこと。

⑤ 競争入札がされていないこと。

⑥ 中古物件であること。

⑦ 本丸ステージの建築用材料のように利用することが予定されていないものが含まれていたこと。

⑧ 中古物件でありながら新品よりも高額なものが多数あったこと。

⑨ 本来財政局用度課が担当部局であるものの購入を他の部局が担当している場合があること。

⑩ 本件契約の真の目的は、デザイン博の赤字を填補するためであったこと。

ウ 被告栗田は、右合議によって本件各契約が違法、無効なものであることを知っていたにもかかわらず、本件各契約の代金を支出したから、名古屋市に対して、本件各契約の代金相当額の損害について損害賠償責任を負うというべきである。

エ 仮に、被告栗田が、本件各契約は違法、無効なものであることを知らなかったとしても、被告栗田は、幹部会に出席していたから、右イ⑩の事実を知っていたし、右イ①ないし⑨の事実は、右ア①ないし④の書類から直ちに判明したはずである。

そうすると、被告栗田としては、わずかの注意を払うことによって本件各契約が違法、無効なものであることを知ることができたというべきである。それにもかかわらず、被告栗田は、そのような注意を払うことなく本件各契約の代金を支出したから、被告栗田には重大な過失があり、名古屋市に対して、本件各契約の代金相当額の損害について損害賠償責任を負うというべきである。

また、仮に、被告栗田がわずかの注意を払うことによって本件各契約が違法、無効なものであることを知ることができなかったとしても、被告栗田は、わずかの注意を払うことによって本件各契約が異例のものであることを知ることができたということができるから、被告栗田には、関係書類を徴したり、関係職員に説明を求めたり、実地に調査を行うなどして、本件各契約の適法性について調査すべき義務があったということができる。しかし、被告栗田は、そのような義務を尽すことなく本件各契約の代金を支出したから、被告栗田には重大な過失があり、名古屋市に対して、本件各契約の代金相当額の損害について損害賠償責任を負うというべきである。

(4) 被告協会について

被告協会は、本件各契約が違法、無効なものであることを知りながら、その代金を受領したから、名古屋市に対して、本件各契約の代金相当額の損害について損害賠償責任を負うというべきである。

また、被告協会は、法律上の原因なく、本件各契約の代金相当額の利益を得、名古屋市に同額の損失を生じさせたから、名古屋市に対して、本件各契約の代金相当額を不当利得として返還する義務がある。

(三) よって、原告らは、名古屋市に代位して、被告西尾、同大澤及び同栗田に対しては、「当該職員」に対する損害賠償請求として、各自右損害金一〇億三六三一万九三二四円及びこれに対する不法行為の結果発生後である。被告西尾については平成二年九月七日から、被告大澤については平成二年九月八日から、被告栗田については平成二年九月一六日から、それぞれ支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を名古屋市に支払うことを求めるとともに、被告協会に対しては、「当該行為の相手方」に対する損害賠償請求又は不当利得返還請求として、右損害金(又は不当利得金)一〇億三六三一万九三二四円及びこれに対する不法行為の結果発生後で訴状送達の日の翌日である平成二年九月七日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を名古屋市に支払うことを求める。

2  被告らの本案前の主張

(一) 被告大澤及び被告栗田の本案前の主張

地方自治法二四二条一項が「地方公共団体の長」「又は」「職員について、違法若しくは不当な公金の支出」「があると認めるとき」と規定していることからすると、住民監査請求は、「長」又は個々の「職員」の具体的行為を対象とするものであるから、訴えの相手方もこの住民監査請求を経た者でなければならない。

しかし、本件監査請求は、被告大澤及び被告栗田に対してはされていないから、本件訴え中被告大澤及び被告栗田に対する請求に係る部分は、監査請求を経ておらず、不適法である。

(二) 被告協会の本案前の主張

本件監査請において、原告らは、名古屋市がデザイン博で使用した施設等を購入して公金を支出したことが違法又は不当であると主張したのみで、本件各契約が違法、無効であることを主張していない。

しかるところ、原告らの被告協会に対する請求は、本件各契約が違法、無効であることを理由とするものであるから、本件訴え中被告協会に対する請求に係る部分は、監査請求を経ておらず、不適法である。

3  被告らの本案前の主張に対する原告らの反論

(一) 被告大澤及び被告栗田の本案前の主張(2(一))について

本件監査請求は、市長のみならず「関係職員」も対象としている。そして、監査委員は、助役であった被告大澤や収入役であった被告栗田が「関係職員」に含まれることを容易に理解することができたから、本件監査請求は、被告大澤や被告栗田をも対象としているということができる。

監査請求において対象となる職員の特定を厳密に要求することは、監査請求や住民訴訟の利用を妨げることになるから、そのような解釈をとるべきではない。

(二) 被告協会の本案前の主張(2(二))について

本件監査請求の対象が本件各契約とこれに伴う公金の支出であることは明らかであるから、本件監査請求は、対象とする行為が本件訴訟における被告協会に対する請求と同一である。したがって、本件訴え中被告協会に対する請求に係る部分は、監査請求を経ているということができる。

4  被告ら及び参加人の本案に関する主張

(一) 本件各契約締結に至るまでの事実関係

(1) デザイン博のテーマはデザインであった。したがって、被告協会は、博覧会を通じて市民のデザインマインドの熟成に寄与できるような施設を建設することを心掛け、会場の空間構成や建築物はもとより、屋外造形物に至るまで、「会場施設設計指針」を定めて、デザインに配慮して製作した。

(2) 被告協会は、平成元年八月から事務局においてデザイン博閉幕後の施設等の有効利用について検討を始め、転用可能な施設等の洗出しを行うとともに、転用方法についても検討を始めた。

同年九月一二日に、被告協会の事務局において、「世界デザイン博覧会施設転用実施要綱」を定め、デザイン博の記念となり有効活用を図ることができると認められる施設等については、公共施設等に有償で転用するという基本方針を決定した。

被告協会の事務局職員は、同月中旬から下旬にかけて、被告協会の出捐団体である名古屋市、愛知県、名古屋港管理組合、名古屋商工会議所及び中部経済連合会に対し、転用に関する基本方針の説明を行うとともに、転用可能な施設等について購入の意向があるかどうかを打診した。

(3) 名古屋市は、デザイン博を契機として、平成元年六月三〇日に「デザイン都市宣言」をするなど、「デザインに配慮したまちづくり」を重点施策として推進してきた。デザイン博閉幕後、名古屋市において、デザイン博で使用した施設等を広く市民の利用に供することは、デザイン博開催の記念となるとともに、右施策の推進に資するものであった。

そこで、被告協会から施設等を購入することについての打診を受けた名古屋市の総務局百周年事業推進室では、検討に着手し、各局との調整の場として、各局の企画調整主幹を構成員とする「転用会議」を設けた。

そして、各局において必要性等を検討して購入希望物件を提示し、「転用会議」における調整を経て、購入する施設等を決定した。

なお、被告協会から購入の打診があったものでも、名古屋市において有効活用が困難であると判断したものについては、申入れに応じていない。

(4) 被告協会は、会場設置価格等を基本として被告協会が設定した価格(以下「転用評価額」という。)を名古屋市を始めとする被告協会の出捐団体に示した。

名古屋市は、施設等の使用期間を考慮して一定の減価をすることとし、基本的には、転用評価額に0.9を乗じた価格で施設等を買い受けることとした。もっとも、建築物で移設を要するものについては、転用評価額に0.5を乗じた価格で買い受けることとした。また、撤去、運搬が必要なものについては、撤去、運搬に要する経費を代金に加算して支払うこととした。

そして、以上の内容で、名古屋市と被告協会との間で価格についての合意が成立した。

(5) 名古屋市と被告協会との間で本件各契約を締結し、名古屋市は被告協会に対して代金を支払ったが、それは、平成元年度予算の執行としてされた。

(二) 原告らの主張のうち本件各契約の違法無効(右1(一))について

(1) 目的の不法について

本件各契約は、右(一)で述べたところから明らかなように、デザイン博で使用されデザインに配慮された施設等を有効活用することによって、デザイン博開催の記念とするとともに、「デザインに配慮したまちづくり」の推進に寄与することを目的として、締結されたものであって、被告協会の赤字を填補するために締結されたものではない。

本件各契約の目的となった施設等は、すべて有効に利用されているし、価格も右(一)(4)で述べたようにして決定されており、高すぎるということはない。

本丸ステージ本体の建築用材料は、東山公園内の休憩所の建築に、本丸ステージの楽屋部分の建築用材料は、東山公園内の倉庫の建築に、それぞれ使用されている。また、本件契約⑯の価格には、撤去運搬費用やデザイン料が含まれているから、決して高額ではない。

(2) 双方代理の禁止違反について

ア 本件各契約が以下のようにして締結されたことからすると、本件各契約は、被告西尾が名古屋市と被告協会の双方を代表して締結したものということはできないから、民法一〇八条の適用はないものというべきである。

① 本件各契約について、名古屋市において、被告西尾が購入の意思決定に関与したのは、本件契約⑯、本件契約及び本件契約の三件の契約のみである。他の契約については、起案者(係員)が決裁書を作成し、係長等の決裁を経た後、代決者がその決裁書に押印することによって意思決定されたのであり、被告西尾は購入の意思決定に関与していない。

また、右の三件の契約における購入の意思決定は、起案者(係員)が決裁書を作成し、係長、課長、部長、局長、助役等の決裁を経た後、被告西尾がその決裁書に押印することによってされたものであるから、被告西尾のみの意思によってされたものではなく、組織体である名古屋市の決定としてされたものである。

さらに、右の購入の意思決定は、名古屋市内部における意思決定にすぎず、対外的な効力が生じるためには、相手方である被告協会との契約締結行為が必要であるが、契約締結行為は、代決者の決定に基づき、係員が被告協会との間で契約書を作成するなどすることによって行われており、被告西尾は全く関与していない。

② 被告協会において、本件各契約に関する売却の決定及び契約締結行為に被告西尾が関与したのは、本件契約⑩、本件契約⑯、本件契約⑰、本件契約、本件契約及び本件契約の六件のみであり、他の契約に関する売却の決定及び契約締結行為は、起案者(事務局の担当者)が決裁書を作成し、課長等の決裁を経た後、常時会長に代わって決裁する権限を有する者が、その決裁書に押印することによってされたのであり、被告西尾は関与していない。

また、右の六件の契約に関する売却の決定及び契約締結行為についての決裁は、起案者(事務局の担当者)が決裁書を作成し、課長、事務局長、専務理事等の決裁を経た後、被告西尾がその決裁書に押印することによってされたのであるから、これらの契約の締結は、被告西尾のみの意思によってされたものではなく、組織体である被告協会の決定としてされたものである。

さらに、右の決裁は、被告協会内部における意思決定にすぎず、対外的な効力が生じるためには、相手方である名古屋市との間で契約書を作成するなどの行為が必要であるが、それは、事務局の担当者が行っており、被告西尾は全く関与していない。

イ 双方代理によって締結された契約は、本人が予め許諾を与えた場合や本人が追認した場合には、有効に成立することからすると、民法は、双方代理については、「本人」の意思を尊重することとしている。

したがって、双方代理を理由として契約が無効であることを主張することができるのは、本人である地方公共団体のみであり、本人である地方公共団体が無効を主張する確定的な意思を表明しているような場合は格別、そうでない限り、住民が、地方公共団体に代位して、双方代理を理由として契約が無効であることを主張することはできないというべきである。

ウ 仮に、本件各契約が双方代理によって締結されたものであるとしても、そのことについて、次のとおり本人の許諾及び本人の追認があったということができる。

① 本件各契約が右ア①②のようにして締結されたことからすると、双方代理について、組織体としての名古屋市及び被告協会の許諾があったということができるから、本人の許諾があったということができる。

また、名古屋市においては、被告西尾が購入の意思決定に関与した右の三件の契約すべてについて、助役も決裁をしている。助役は、市長に事故があるときはその職務を代理することができる(地方自治法一五二条一項)ところ、双方代理のおそれがある場合は、市長に事故があるときに当たるから、助役が市長の職務を代理することができ、助役が右のとおり決裁していることをもって、本人の許諾があったということができる。

② 次のとおり本人の追認があったということができる。

a 名古屋市においては、次のとおり議会の議決等がされているから、これらによって本人の追認があったということができる。

(イ) 名古屋市議会の市制百周年記念事業促進特別委員会において、本件各契約によって購入された施設等の内容及び使途に関する議論がされた後、平成二年三月二二日に開かれた同委員会において、同委員会に付議された事件の審査を終了することが議決され、同月二六日に開かれた本会議においても、その旨の議決がされた。

(ロ) 名古屋市議会の総務民生委員会において、平成二年度一般会計予算の審議に際して、本件各契約によって購入された施設等に関する質疑がされた後、平成二年三月一五日に開かれた同委員会において、右予算の同委員会関係分を可決する旨の議決がされ、同月二〇日に開かれた本会議において、右予算は可決された。

(ハ) の名古屋市議会の一般会計等決算特別委員会において、平成元年度の決算を認定することが議決され、平成二年一二月一八日に開かれた本会議において、右決算は認定された。

b 被告協会においては、平成二年三月二九日に開催された第一三回理事会において、平成元年度の収支決算書が議題とされ、被告協会の施設等を名古屋市に売却したので収入が増加した旨の報告が事務局からされた上で、右収支決算書が承認されたから、本人の追認があったということができる。

(3) 随意契約によった違法について

本件各契約は、右(1)で述べたような目的で締結されたものであるから、地方自治法施行令一六七条の二第一項二号が規定する「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」に当たる。また、名古屋市においては、同施行令一六七条の二第一項一号の「普通地方公共団体の規則で定める額」は、財産の買入れについては一六〇万円であるので、本件各契約のうち代金額が一六〇万円を超えないものは、同号にも該当する。

本件各契約は、右のような目的で締結されたものであるから、二人以上の者から見積書を徴することは不可能であったのであり、このような場合に二人以上の者から見積書を徴しないことは、名古屋市契約規則二〇条に違反しない。

(4) 議会の議決を経なかった違法について

本件各契約の目的物には、様々なものがあり、利用形態、利用目的、設置場所等が異なっている。名古屋市では、そのような各物件の個性に着目して五〇個の売買契約を締結したのであって、議会の議決を回避するために分割して売買契約を締結したというようなことはない。

(5) 代決権限を有しない者が代決した違法について

助役以下代決規程別表第一に規定されている「工事用材料」とは、「物品」のうち、工事により新しい属性が付加されて生産物又は製造物若しくは施設設備の構成部分となる材料をいうところ、本件契約⑩の目的物の「縁台」、シェルター付きの「ベンチ」及び「レストコンプレックス」、本件契約⑮の目的物の「シェルター」、本件契約⑰の目的物の「シェルター」、「サテライト」、「警備ボックス」及び「休憩所」、本件契約及び本件契約の目的物の「ベンチ」、本件契約の目的物の「シェルター」、本件契約の目的物の「シェルター」、「便所」及び「営業施設」は、いずれも「工事用材料」に当たる。

助役以下代決規程別表第一に規定されている「公有財産」とは、地方自治法二三八条一項が規定している財産をいうところ、本件契約ないしの各契約の目的物は、いずれも土地に固着して利用され、定着物として土地と一体として管理すべきものであるから、地方自治法二三八条一項一号の「不動産」に当たる。したがって、これらの目的物は、いずれも「公有財産」に当たる。

(三) 原告らの主張のうち被告らの責任(右1(二))について

(1) 被告西尾について

被告西尾が、本件各契約の締結について名古屋市に対して損害賠償責任を負うのは、被告西尾が本件各契約の締結について故意又は過失によって違法に購入の意思決定をし、その結果名古屋市に損害が発生した場合と被告西尾が、代決者に対する指揮監督上の義務を怠り、故意又は過失によって代決者が本件各契約の締結に関して違法な行為をすることを阻止せず、その結果名古屋市に損害が発生した場合に限られるというべきである。

しかるところ、本件各契約のうち、被告西尾が購入の意思決定をしたのは、本件契約⑯、本件契約及び本件契約の三件の契約のみである。

また、名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した施設等を買い受けることは、市長が指示又は命令したものではなく、右(一)のとおり名古屋市の下部職員及び被告協会の事務局職員によって企画、実行されたものであって、被告西尾は、職員から概括的な報告を受け、一部の契約について、市長又は会長として決裁したにすぎないから、被告西尾には、故意又は過失はない。

(2) 被告大澤について

本件各契約のうち被告大澤が締結に関与したのは、本件契約⑱のみであるから、その他の契約について被告大澤の責任が問題となる余地はない。

また、名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した施設等を買い受けることは、助役が指示又は命令したものではなく、右(一)のとおり名古屋市の下部職員及び被告協会の事務局職員によって企画、実行されたものであって、被告大澤は、職員から概括的な報告を受け、一部の契約について、助役として決裁したにすぎないから、被告大澤には、故意又は過失はない。

(3) 被告栗田について

ア 本件各契約の代金の支出について、被告栗田が自ら支出負担行為の確認をしたのは、本件契約③、本件契約⑥(一部の支出命令に係るもの)、本件契約⑧、本件契約⑩ないし⑰、本件契約⑱(一部の支出命令に係るもの)、本件契約、本件契約ないし、本件契約(一部の支出命令に係るもの)、本件契約(一部の支出命令に係るもの)、本件契約、本件契約(一部の支出命令に係るもの)及び本件契約の代金の支出のみであり、被告栗田は、他の契約の代金の支出について支出負担行為の確認をしていない。

イ 名古屋市では、支出負担行為のうち異例と認められるものをしようとするときは、名古屋市会計規則六二条により、収入役に合議しなければならないが、本件各契約は、異例のものでないから、合議はされていない。また、収入役室副収入役以下代決規程二条の二第一号により、「支出負担行為の事前合議に関すること」は、副収入役が代決することとされているので、収入役自身が合議することはない。したがって、被告栗田が、右合議によって本件各契約が違法、無効なものであることを知っていたということはない。

ウ 被告栗田は、幹部会に出席していたが、幹部会では、本件各契約に関することは議題になっていない。

また、名古屋市では、執行伺書(決裁書)及び契約書の主な記載内容は、支出命令書に記載されているため、支出負担行為に関する確認は、債権者からの請求書及び支出命令書のみによって行われており、支出負担行為に関する確認は、原則としてそれらの書類に基づく形式審査をもって足りる。そして、被告栗田が、わずかの注意を払うことによって、それらの書類から、本件各契約が違法、無効なものであることを知ることができたとか本件各契約が異例のものであることを知ることができたということはできない。

(4) 損害又は損失及び利得の発生について

右(二)(1)で述べたとおり、名古屋市は、本件各契約の目的物を適正な価格で買い受けて有効に利用しているから、名古屋市に損害又は損失は発生していないし、被告協会が利得したということもない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第四  当裁判所の判断

一  訴訟要件について

1  監査請求前置について

本件訴訟において、原告らは、違法な財務会計上の行為として、本件各契約の締結及びこれに基づく代金の支出を主張しているところ、前記第二の一6の事実からすると、本件監査請求が、本件各契約の締結及びこれに基づく代金の支出を対象とするものであることは明らかであるから、原告らが本件訴訟において違法と主張している財務会計上の行為については、住民監査請求を経ていることになる。

なお、前記第二の一6の事実に弁論の全趣旨を総合すると、被告大澤及び被告栗田については、本件監査請求において、本件各契約の締結及びこれに基づく代金の支出に関与した職員として明示されていなかったことが認められるが、住民監査請求においては、違法又は不当であるとして住民監査請求をする財務会計上の行為さえ特定されておれば、それによって監査をすることが可能であるから、その行為者を具体的に明示しなければ不適法となり、あるいは、明示されていない者については監査請求を経ていないことになるというものではない。

2  「当該職員」該当性について

(一)  地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」とは、当該訴訟において適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びその者から権限の委任を受けるなどして、右権限を有するに至った者をいうのであり、およそ右のような地位ないし職にあると認められない者を被告として提起された同号所定の「当該職員」に対する損害賠償請求に係る訴えは、法により特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えであるから、不適法である。

そして、財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有する普通地方公共団体の長等から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者としての「当該職員」には、当該普通地方公共団体内部において、訓令等の事務処理上の明確な定めにより、当該財務会計上の行為につき法例上権限を有する者からあらかじめ代決することを任されている者が含まれる(最高裁平成三年一二月二〇日第二小法廷判決民集四五巻九号一五〇三頁参照)。

(二) 前記第二の一3、4の事実によると、被告西尾は、市長として、本件各契約のうち本件契約以外の各契約について、その締結を行う権限を本来的に有するものと認められる。

前記第二の一4のとおり、本件契約は、地方公営企業(水道事業)の業務の執行として、その管理者によって締結されたものである。そして、地方公営企業(水道事業)の業務の執行に関しては、管理者が当該地方公共団体を代表する権限を有しており(地方公営企業法八条一項)、契約の締結も管理者の権限に属する(地方公営企業法九条八号)から、市長は、地方公営企業(水道事業)の業務の執行として契約を締結する権限を本来的に有していない。また、本件においては、名古屋市長が、権限の委任を受けるなどして右権限を有していたと認めることもできない。

したがって、本件訴え中本件契約に係る被告西尾に対する損害賠償請求に係る部分は、不適法である。

(三) 被告大澤は、名古屋市の助役の職にあった者であるが、助役は、法令上契約を締結する権限を本来的に有する者ではない。

しかし、前記第二の一4(一)(1)ア①のとおり、助役には、一定の金額以下の公有財産、物品及び工事用材料の買入れの決定について代決権限があるから、被告大澤は本件各契約のうち本件契約以外の各契約について、代決によりその締結をする権限を有していた者であると認められる。

しかしながら、本件契約については、被告大澤において、管理者から権限の委任を受けるなどして、その締結をする権限を有していたとは認められない。

したがって、本件訴え中本件契約に係る被告大澤に対する損害賠償請求に係る部分は、不適法である。

(四) 前記第二の一3、5の事実によると、被告栗田は、収入役として、本件契約のうち本件契約⑲ないしと本件契約とを除く各契約について、その代金の支出を行う権限を本来的に有するものと認められる。

前記第二の一5のとおり、本件契約⑲ないしは、地方公営企業(病院事業)、本件契約は、地方公営企業(水道事業)の業務に係るものであるところ、地方公営企業(病院事業)の業務に関する出納を行う権限は、当該地方公共団体の長が有しており(地方公営企業法二七条、三四条の二)、地方公営企業(水道事業)の業務に関する出納を行う権限は、管理者が有している(地方公営企業法二七条)から、収入役は、地方公営企業(病院事業及び水道事業)の業務に関する出納を行う権限を本来的に有していない。また、名古屋市の収入役が、権限の委任を受けるなどして右権限を有していたとも認められない。

したがって、本件訴え中本件契約⑲ないし及びに係る被告栗田に対する損害賠償請求に係る部分は、不適法である。

二  本案について

1  事実関係について

(一) 証拠(甲四、一一ないし一五、甲一六の一ないし九、甲一七、一八、甲二〇、二二、二四、二九ないし三三、乙一二三、丙二、七、丙八の一ないし四、丙九、証人平田勇夫、同伊藤松男、同高木勝義、同大山邦雄、同後藤定央、同山田昭夫、同寺澤孝典、同剱持一郎、同平岩利夫、被告大澤正隆、被告栗田大六)と弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(1) 平成元年三月二八日に公表された被告協会の財政計画によると、被告協会の予定収入は、合計二五〇億円、その内訳は、入場者数を延べ一四〇〇万人と想定して入場料収入が一三五億円、その他の収入(施設の使用料や主催者分担金等)が一一五億円、被告協会の予定支出は、広告宣伝費、施設建設費、主催者関連事業費、会場運営費等で二五〇億円というものであった。そして、その当時、被告協会においては、デザイン博で使用した施設等を有償で譲渡することによる収入を想定していなかった。

また、名古屋市においても、デザイン博開会前には、被告協会がデザイン博で使用した施設等を有償で譲り受けることを全く想定しておらず、平成元年度の予算には、そのための費用は、全く、計上されていなかった。

なお、被告西尾は、昭和六三年一〇月ころに、名古屋市の幹部会(市長、助役、収入役、各局局長らが出席して毎週開かれる会議)において、デザイン博で使用された物件の閉会後の再利用について、具体的な物件名を挙げて、早い段階から検討することを指示したが、これは、被告協会がデザイン博で使用した施設等を名古屋市が有償で譲り受けることを特に意識してされたものではなかった。

(2) デザイン博は、平成元年七月一五日に開会した。デザイン博の同年九月一日までの間における一週間ごとの一日平均入場者数は、多い週で一四万七四五六人、少ない週でも六万三四六五人であり、同日までの延べ入場者数は、四五二万四九四一人(一日平均九万二三四五人)であった。しかし、同月二日から同月八日までの一週間における一日平均入場者数は、三万五二六九人と大幅に減少した。

なお、デザイン博の開会期間は一三五日であるから、入場者数が一日平均九万二三四五人であったとしても、総入場者数は一二四六万六五七五人となり、想定した一四〇〇万円に達しない。

(3) 被告協会では、同年九月一二日に、事務局において、「世界デザイン博覧会施設転用実施要綱」を定めた。これは、被告協会が管理する施設等を博覧会閉会後有償譲渡することを前提として、その被告協会内部における手続等について定めたもので、被告協会内に事務局の副局長を会長とする施設転用委員会を設けること、転用する施設等の確定、転用先の調整、転用条件の設定などは、施設転用委員会において行うこと、施設等の譲渡価格は、施設転用委員会において定めること、施設等の転用に伴う撤去費、搬送費、復元設置費等の経費は、譲受人において負担するものとすることなどが定められていた。

そして、被告協会の事務局職員が、同月中旬から下旬にかけて、被告協会の構成団体である名古屋市、愛知県、名古屋港管理組合、名古屋商工会議所及び中部経済連合会に対して、転用可能施設一覧表を持参して、購入の依頼をした。同表には、各物件ごとに、被告協会が設置したものについては、その設置に要した費用が、被告協会以外の者が設置したものについては、その設置者から被告協会が提出を受けた書面に記載されていた設置に要した費用が、それぞれ各物件の価格(転用評価額)として記載されていた。価格の総額は、約五〇億円であった。この価格の記載は、短い期間に急いで行われたので、右の表の記載には誤った部分があり、被告協会では、後日、誤った部分を差し替えた。

右の五団体のうち名古屋市以外からは、デザイン博で使用した施設等を購入することについての希望は全く示されなかった。

(4) 名古屋市では、同年九月から、被告協会がデザイン博で使用した施設等を購入することを前提として、具体的な購入物件の検討に着手し、各局の連絡調整の場として、各局の課長級の職員である企画調整主幹を構成員とする「転用会議」を設けた。第一回の転用会議は、同月一四日に開かれた。

そして、名古屋市の各局において、具体的な購入物件の検討が開始された。各局では、被告協会作成の転用可能施設一覧表から各局で使用可能な物件を選び出して、総務局に購入希望物件として提示した。

総務局が主催して、二回、各局の担当者が購入を検討している施設等を見る機会を設けたほか、各局の担当者が、個々に購入を検討している施設等を見に行ったこともあった。

しかし、平成元年一〇月初めころまでに各局から購入希望の出された物件の数が少なかったため、同月一六日に開かれた幹部会において、総務局は、右購入についての検討状況の報告と各局で更に努力して購入物件を増やすようにとの要請をした。また、同幹部会において、財政局から、右の施設等のうち移築を要するものについては、次年度の予算において再築に要する費用に配慮する旨の説明をした。

そこで、各局では、更に検討して、購入希望物件を追加した。農政緑地局では、局長であった大山邦雄が、部下の職員に、できるだけ購入希望物件を増やすよう指示して、検討させた。同局において平成元年一〇月初めころまでに購入希望を出した物件の総額は、約一億五〇〇〇万円であった(他局と希望物件が重複したため、調整の結果、その後右金額は減額された)が、同局では、右幹部会後同月末ころまでの間に、二度にわたって購入希望物件を追加し、その結果、総額は約三億円となった。

農政緑地局が最後に購入希望物件として追加した施設の中に、本丸ステージという施設があった。これは、舞台、楽屋及び観客席からなる仮設建築物で、同局では、当初、これの購入を希望していなかったが、平岩助役からの要請によって、平成元年一〇月末ころ、東山公園内の休憩所として再築するという予定で買い受けることになった。そして、平成二年度の予算に再築費用が計上され、東山公園内の休憩所と倉庫として再築されたが、それには、購入費用のほかに、約九〇〇〇万円の新たな費用を要した。

(5) 名古屋市の総務局百周年事業推進室と被告協会の事務局との間で、購入物件の価格について協議した結果、建築物で移設を要するものについては、再築する費用が必要であるので転用評価額に0.5を乗じた価格で、それ以外のものについては、転用評価額に0.9を乗じた価格で、それぞれ名古屋市が買い受けることになった。また、名古屋市は、被告協会の要請により、撤去、運搬に要する経費を代金に加算して支払うこととした。

名古屋市の各局は、右のように価格が一律に決定される過程で、転用会議において、総務局から意見を聞かれたことはあったが、個々の物件の価格について各局が意見を述べる余地はなかった。

(6) 平成元年一一月ころには、各局の購入希望物件が確定し、同月二五日から平成二年二月一五日にかけて本件各契約が締結され、同年一月一六日から同年三月一四日にかけて、代金として合計一〇億三六三一万九三二四円が支払われた。

名古屋市及び被告協会における右契約締結についての意思決定及び契約締結行為に関する行為者は、前記第二の一4(別紙(二)ないし(四))のとおりである。名古屋市においては、各担当部局の係員が、目的物の内容、価格、購入先等を記載した決裁書を起案し、係長以上の者が順次それについて決裁し、最後に、前記第二の一4(一)の行為者(別紙(二)及び(三))が決裁した。被告協会においては、事務局の職員が、目的物の内容、価格、売却先等を記載した決裁書を起案して、係長以上の者が順次決裁し、最後に、前記第二の一4(二)の行為者(別紙(四))が決裁した。また、本件各契約の契約書の作成は、名古屋市の担当部局の係員と被告協会の事務局の担当者との間で行われた。

右購入代金については、予め予算化されていなかったので、各局において、当初予定されていた支出を削減し、あるいは、取り止めるなどして予算を流用することにより対応したが、そのような予算の流用は必ずしも容易でなかった。また、各局は、右購入物件の再築に要する費用を次年度の予算要求の際に要求し、認められた。

(7) 平成元年一一月二八日に開かれた名古屋市議会の本会議において、坂崎巳代治議員が、デザイン博で使用された施設等の博覧会閉会後における取扱いについて質問した。これに対し、被告西尾は、被告協会が所有している施設等については、できるだけ再活用する旨の答弁をした。また、同本会議において、早川良行議員が、デザイン博で外国館として使用された建物の博覧会閉会後における取扱いについて質問した。これに対し、被告大澤は、右建物は仮設の建築物であるので、他へ移設するとなると、そのために補強等で大きな経費を要するから、他へ移設することは困難である旨の答弁をした。外国館として使用された建物は、デザイン博閉会後他へ移設することなく取り壊された。

(8) 本件各契約の目的物の中には、本件契約の創造の柱や本件契約の農楽図陶壁のように、被告協会が寄付を受けて無償で取得したものがある。

(9) 平成二年三月二八日に被告協会の理事会において承認された収支決算によると、被告協会の収入は、合計二六五億三五〇〇万円、内訳は、入場料収入が一三三億一四〇〇万円(入場者数延べ一五一八万人)、本件各契約の代金を含むその他の収入が一三二億二一〇〇万円であり、被告協会の支出は、合計二六三億二五〇〇万円であった。被告協会の支出は、広告宣伝費が一億六〇〇万円、施設建設費が四億一三〇〇万円、主催者関連事業費が五億〇七〇〇万円、会場運営費が四億二九〇〇万円、それぞれ右(1)の財政計画で予定されていた額よりも多くなったために、右財政計画の予定を一三億二五〇〇万円上回った。右収支の差額二億一〇〇〇万円の残余金が生じたが、これは、同日の理事会において、名古屋市に寄付する旨議決された。

(二) 証人山田昭夫、同平岩利夫、被告大澤正隆及び被告栗田大六は、幹部会では被告協会がデザイン博で使用した施設等の購入は話題になったことはない旨の供述をするが、証人大山邦雄は、平成元年一〇月一六日に開かれた幹部会において、右(四)のとおり要請及び説明があった旨の証言をし、甲一八にも同旨の記載がある。そして、証拠(甲一八、証人大山邦雄の証言)によると、これらの証言及び記載は、同証人のメモに基づいてされた正確なものであると認められるので、これらに反する証人山田昭夫、同平岩利夫、被告大澤正隆及び被告栗田大六の右供述は信用できない。また、証人平岩利夫は、本丸ステージの購入を農政緑地局に指示したことはないと証言するが、この証言は、証人大山邦雄の証言に照らし信用できない。

2  本件各契約締結の目的と被告西尾らの関与について

(一) 本件各契約締結の目的について

次のとおり、本件各契約は、デザイン博が赤字となることを回避する目的で締結されたものと認められる。

(1) 右1(一)認定の事実に証拠(証人大山邦雄、同剱持一郎、被告大澤正隆)と弁論の全趣旨を総合すると、デザイン博は、名古屋市の市制百周年記念事業の中心的な事業であって、被告協会も名古屋市を中心として設立されたものであり、デザイン博が成功するかどうかは、名古屋市にとって重要な問題であったとともに、平成元年四月に行われた市長選挙でデザイン博の成功を公約に掲げて当選した被告西尾の政治生命にも重大な影響を与える問題であったこと、博覧会が赤字となるかどうかは、博覧会の内容や入場者数とともに、博覧会の成否の判断を左右するものであること、博覧会か赤字となるかどうかは、収入中不確定要素の強い入場料収入を予定どおり計上することができるかどうかと経費の額に係る部分が大きいこと、デザイン博の入場者数は当初想定した数を上回ったものの、入場料収入は当初予定した額に達しなかった上、当初予定したよりも大幅に経費を要したため、本件各契約に基づく代金の支払がなければ、デザイン博は約八億円の赤字となっていたこと、以上の各事実が認められる。

そして、右1(一)認定の事実に証拠(甲一五、一八、証人大山邦雄、同山田昭夫、同剱持一郎)と弁論の全趣旨を総合すると、総務局では、幹部会において、毎週、デザイン博の入場者数を報告していたこと、平成元年九月ころには、同月以降の一日当たりの平均入場者数が同年八月までと変わらなかったとしても、デザイン博の入場者数は当初想定した数に達しない状況であった上、同年九月に入ってから入場者数が大幅に落ち込んだこと、名古屋市及び被告協会では、同年九月に、当初予定していなかった同年一〇月以降の夜間開場を決定するとともに、宣伝活動を強化するなどして、観客の誘致に努めたこと、以上の各事実が認められる。また、同年九月ころには、デザイン博の会期も半ば近くなっていたのであるから、最終的な収支の見込額についてもある程度見通しが立っていたものと推認することができる。

以上述べたところを総合すると、デザイン博が赤字となるかどうかは、名古屋市にとって重要な問題であるとともに被告西尾の政治生命にも重大な影響を与えるデザイン博の成否を左右する問題であったところ、平成元年九月ころには、デザイン博は赤字となるおそれがあり、名古屋市の総務局百周年事業推進室及び被告協会の事務局並びにそれらから報告を受けていた関係者はそのことを十分認識していたものと推認することができる。

(2) 右1(一)(1)認定の事実に証拠(証人平田勇夫、同伊藤松男、同高木勝義、同大山邦雄、同後藤定央、同山田昭夫、同寺澤孝典、同剱持一郎、同平岩利夫、被告大澤正隆)と弁論の全趣旨を総合すると、名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した施設等を購入することについては、名古屋市の平成元年度の予算に計上されておらず、デザイン博開会当時には、被告協会、名古屋市の双方において予定されていなかったことが認められる。

それにもかかわらず、右1(一)で認定したとおり、平成元年九月ころから、名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した施設等を購入することを前提として、具体的な購入物件等についての検討が開始され、予算を流用するなどして、平成元年度の予算で本件各契約の代金が支払われたのであり、しかも、その額は、約一〇億円にも上っている。さらに、その過程では、右1(一)で認定したとおり、各局からの購入希望物件の数が少なかったことから、幹部会において右1(一)(4)認定のような発言がされ、その後、各局において購入物件の再検討が行われたり、助役が具体的に購入を指示するといったこともあった。

以上のような経過は、通常の購入手段とは異なる異例のものというほかなく、右(1)認定の事実を併せ考えると、本件各契約がデザイン博が赤字となることを回避する目的をもって締結されたことを強く推認させる。

(3) 右1(一)で認定した事実に証拠(証人寺澤孝典、同劔持一郎)を総合すると、被告協会は、同被告以外の者が設置した施設等の価格(転用評価額)については、その設置者が申告した価格を、そのまま名古屋市に提示したもので、それ以上に設置者に資料を出させるなどして、調査していないことが認められる。

そして、右1(一)(5)で認定した事実に証拠(証人高木勝義)と弁論の全趣旨を総合すると、名古屋市では、被告協会が提示した価格(転用評価額)の妥当性について特に調査することなく、それに機械的に一定割合を乗じた価格で本件各契約を締結したものと認められる。

以上のような価格の決定方法は、各物件の個別性を無視していることや個々の物件の価格の妥当性についてほとんど実質的な調査がされていない点において、通常の購入手続とは異なる異例のものというほかない。

また、右1(一)(8)認定のとおり、本件契約の創造の柱及び本件契約の農楽図陶壁は、被告協会が無償で取得したものがあるが、名古屋市は、創造の柱を四六三五万円で、農楽図陶壁を七九七二万二〇〇〇円で買い受けており、証拠(丙八の三)と弁論の全趣旨によると、この価格は、被告協会が提示した転用評価額に0.9を乗じた上、消費税相当額を加算した金額であると認められる。このように、被告協会が無償で取得した物件を、被告協会が提示した価格に近い非常に高額な価格で買い受けるということも、異例の措置というほかない。

以上のような異例の措置がとられたことは、本件各契約がデザイン博が赤字となることを回避する目的をもって締結されたことを推認させる。

(4) 証拠(甲四、乙五一ないし乙三〇七)と弁論の全趣旨によると、本件各契約の目的物は、名古屋市が購入した後、名古屋市の各施設において、一応利用されていることが認められるものの、その目的物の多くは、スピーカー、ベンチ、大形電光表示板、樹木、投光器、交通サイン、ごみ箱、すいがら入れ、外灯、プランターといったもので、特にそれを購入する差し迫った必要性があるとは考えられないものである上、証拠(甲四、乙五一ないし乙三〇七)と弁論の全趣旨から認められる名古屋市が購入した後の目的物の利用状況や右1(一)(4)認定の名古屋市における具体的な購入物件の検討経過からすると、その多くが、真に購入する必要性があって購入されたものであるかどうか疑問である。

また、右1(一)(4)認定のとおり、本丸ステージは、東山公園内の休憩所と倉庫として再築されたのであるが、証拠(甲四、乙一二三、証人大山邦雄、同後藤定央)と弁論の全趣旨によると、本丸ステージは、デザイン博では仮設建築物であったものが、右再築後は仮設ではない通常の建築物となっているほか、屋根の材質が異なるなどしていることが認められ、もとの本丸ステージの材料が再築に当たってどの程度利用されたか不明であるから、右1(一)(7)認定のとおり同じく仮設建物であった外国館が再築されなかったことを併せ考えると、本丸ステージを約九〇〇〇万円もの新たな費用をかけて再築する必要性があったかどうかは、はなはだ疑問である。

以上のように必要性が疑問なものが購入されていることは、本件各契約がデザイン博が赤字となることを回避する目的をもって締結されたことを推認させる。

(5) 証拠(乙三一三、三一七)と弁論の全趣旨によると、名古屋市議会は、平成元年六月三〇日に、「名古屋市は、世界デザイン博覧会の開催を踏まえ、世界に開かれたデザインに関する情報発信基地を目指すとともに、デザインを大切にする世界に誇り得るまちづくりを進め、平和を願う感性あふれるデザイン都市を創造することをここに宣言する。」旨の議決(デザイン都市宣言)をしたこと、名古屋市は、右議決に沿って、デザインを大切にする街づくりを進めていたこと、以上の各事実が認められるところ、被告及び参加人は、デザイン博閉幕後、名古屋市において、デザイン博で使用した施設等を広く市民の利用に供することは、デザイン博開催の記念となるとともに、右施策の推進に資するものであったと主張する。

しかし、証拠(乙五一、五九、六二、六四、六七、六八、七一、七六、八七ないし一〇二、一〇九、一一〇、一一四、一二一、一二四、一二七、一四一、一四二、一七〇、一八〇、一八三ないし一八七、二〇五ないし二〇九、二一七、二一八、二三三ないし二三六、二五八ないし二六〇、二六五、二八四、二八六、二八七、二九三ないし二九五)と弁論の全趣旨によると、本件各契約の目的物には、放送用スピーカー、木製のベンチ、大形電光表示板、電話交換機、クーラー、樹木、投光器、電話交換機、フラッグポール、交通サイン、噴水設備、給水設備、電気設備、放送用アンプ、ツリーサークル、フラワーフェンスといった、特にそのデザインが問題とならない物件が多数含まれていることが認められ、これらの物件がデザイン博開催の記念となったり、右施策の推進に資するものであるということはできない。

また、その他の購入物件のうち創造の柱及び農楽園陶壁以外のもの(ごみ箱、すいがら入れ、外灯、プランター、プラスチック製やスチール製のベンチ、シェルター、案内板、時計塔等)は、証拠(乙五二ないし五八、六〇、六一、六三、六五、六六、六九、七〇、七二ないし七五、七七ないし八六、一〇三ないし一〇八、一一一ないし一一三、一一五ないし一二〇、一二二、一二三、一二五、一二六、一二八ないし一四〇、一四三ないし一六九、一七一ないし一七九、一八一、一八二、一八八、一九一ないし二〇四、二一〇ないし二一六、二一九ないし二三二、二三七ないし二五七、二六一ないし二六四、二六六ないし二八三、二八五、二八八ないし二九二、二九六ないし三〇七)と弁論の全趣旨より認められるこれらの物件の設置状況や形態からすると、名古屋市が購入した後デザイン博で使用されたことを示す表示もなく市の建物内や市の施設の敷地内や道路に置かれているのであって、その多くは、特別人目を引く変わったデザインのものであるとまでいうことはできないから、これらの物件の多くは、特にデザイン博開催の記念になるということはできないし、また、右施策の推進に大きな効果があるとまでいうこともできない。

しかも、本件各契約の目的物の多くは、右認定のようなものであるから、市販品を取得することにより調達することができるものと考えられる。

したがって、本件各契約の目的物の多くは、入札によらず、随意契約によって取得する必要性はないから、これらの物件を目的とする売買契約は、地方自治法施行令一六七条の二第一項二号が規定する「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」とはいえない。

弁論の全趣旨によると、名古屋市では、地方自治法施行令一六七条の二第一項二号が規定する「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」に当たるとの判断の下に本件各契約を締結したものと認められるが、本件各契約の目的物の多くについては、その判断は、合理性を欠く、違法なものである(もっとも、弁論の全趣旨によると、名古屋市においては、同施行令一六七条の二第一項一号の「普通地方公共団体の規則で定める額」を、財産の買入れについては一六〇万円と定めていることが認められるので、本件各契約のうち代金額が一六〇万円を超えないものは、同号に該当する。)。

以上のとおり随意契約の制限に関する法令違反があるということは、本件各契約がデザイン博が赤字となることを回避する目的をもって締結されたことを推認させる。

(6) 右(1)ないし(5)で述べたところを総合すると、名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した施設等を購入したのは、デザイン博が赤字になることを回避するためであったと認められる。

(7) なお、証人平田勇夫、同伊藤松男、同高木勝義、同後藤定央、同山田昭夫、同平岩利夫、被告大澤正隆は、いずれも、本件各契約は、デザイン博が赤字となることを回避する目的で締結されたものではなく、名古屋市がデザイン博で使用された施設等を買い受けて利用することにより、デザイン博開催の記念とするとともに、それらの物の有効活用を図るために、締結された旨の供述をするが、これらの供述は、右(1)ないし(5)で述べたところからすると、採用できない。

(二) 被告西尾らの関与について

(1) 証人寺澤孝典及び同劔持一郎は、被告協会がデザイン博で使用した施設等を有償で譲渡するという方針は、被告協会の事務局において決めて、被告協会を構成する五団体に対して購入の依頼をしたものであって、被告協会の理事は右方針決定に関与していない旨の証言をする。また、証人高木勝義は、被告協会の事務局職員が名古屋市の総務局百周年事業推進室の職員に被告協会がデザイン博で使用した施設等について購入の依頼をしてきたので、名古屋市において購入することを前提に検討を開始したのであって、それ以前に購入する方針が決まっていたわけではない旨の証言をする。

さらに、被告大澤正隆は、平成元年九月末か一〇月初めころに、総務局から、被告大澤に、被告協会からデザイン博で使用した施設等について購入の申入れがあったので総務局を中心として購入することを前提として検討するという報告があり、そのとき初めて、名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した施設等を購入するという話を聞いた、市長にも同じ時期に同様の報告がされていると供述し、証人平岩利夫も、総務局から、平岩助役に対して、右の時期に右のような内容の報告があり、そのとき初めて、名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した施設等を購入するという話を聞いたと証言し、証人山田昭夫も、右の供述及び証言に沿う証言をする。

(2) しかしながら、右(一)で認定したとおり、本件各契約は、デザイン博が赤字となることを回避するために締結されたものと認められるから、被告協会からデザイン博で使用した施設等を購入するかどうかは、名古屋市にとっても、被告西尾にとっても、デザイン博の成否にかかわる重大な問題であったということができる(そうであるからこそ、右1(一)(2)ないし(5)のような異例の措置がとられたものといえる。)。したがって、そのような問題に関する年度途中における方針変更について、名古屋市、被告協会双方において、下部職員のみで方針を決め、それに向けて、委員会を設置するなどして検討を初め、その後に市長、助役に報告したというのは、著しく不自然であって、到底信用することができない。

殊に、証拠(証人劔持一郎)によると、劔持一郎は、昭和六〇年四月から市長である被告西尾を補佐する秘書室長の職にあったが、昭和六三年四月、副局長として被告協会に出向して、被告協会事務局の実質的な最高責任者として勤務し、デザイン博終了後の平成二年四月一日に名古屋市の土木局次長として復帰していること、劔持一郎は、被告協会にとって重要な事項(例えば平成元年一〇月以降に夜間博覧会を開場すること)については、被告西尾に直接相談して指示を仰いでいたことが認められる。したがって、被告協会が、デザイン博で使用した約五〇億円の施設等について、当初売却を予定していなかったにもかかわらず、予定を変更して有償で譲渡するという方針を決定するに際し、被告協会の会長である被告西尾の指示を仰がなかったという同証人の証言は、信用することはできない。

前示のとおり、被告協会では、平成元年九月一二日に副局長の劔持一郎を会長とする施設転用委員会を設置しているが、名古屋市でも、同月一四日に施設等の購入を前提として各局の企画調整主幹からなる転用会議が開催されている。しかし、名古屋市は、平成元年度の予算においては、デザイン博の施設等を購入するための予算を全く計上していなかったのであるから、予算措置のとられていない右施設等を購入するには、予算を担当する財政局との事前合議が不可欠であり、総務局に置かれていた百周年事業推進室限りで、右のような短時日に購入方針を決定した上、転用会議を通じて各局に対し購入希望物件を届け出るよう伝達したと考えることはできない。

むしろ、証拠(証人山田昭夫)によると、名古屋市では、予算の編成課程においては、重要な予算については、市長、助役、収入役、総務局長、財政局長の列席する場で承認を得る必要があったことが認められるから、予算を流用して一〇億円余りの施設等を購入しようという状況の下では、それに準じて、市長、助役、収入役に相談し、総務局、財政局が一致して対応した可能性が濃厚である。

(3) 右認定の名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した施設等を購入するという問題の重要性と右1(一)認定の名古屋市内部における検討経過、殊に上層部から積極的に購入を指示していることからすると、少なくとも市長(被告協会の会長)、助役(被告協会の副会長)といった、名古屋市と被告協会の上層部が関与して、デザイン博が赤字となることを回避するために名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した施設等を購入するという方針が定められ、その方針に従って、右1(一)(3)ないし(6)で認定したような経緯で本件各契約が締結されるに至ったものと認めるのが相当である。

3  双方代理による違法について

(一) 民法一〇八条の類推適用について

(1) 前記一2(二)のとおり、被告西尾は、市長として、本件各契約のうち本件契約以外の各契約について、その締結を行う権限を有しており、これらの契約の締結に際しての意思決定及び契約締結行為は、名古屋市においては、別紙(二)及び(三)のとおり被告西尾又はその代決者によって行われた。そして、代決は、長が補助職員に対して、恒常的に特定の事務処理を委ねるものであるが、地方公共団体内部における権限分配にすぎず、対外的には、代決によって処理された事務についても市長の名をもって行為が行われるのであり、長は代決者に対して、当該事務について個別具体的な指揮監督の権限を有している。

また、被告西尾は、被告協会の会長として、本件各契約について、その締結を行う権限を有しており、これらの契約の締結に際しての意思決定及び契約締結行為は、被告協会においては、別紙(四)のとおり、被告西尾又はそれに代わって常時決裁することとされている者によって行われた。そして、証拠(丙五)によると、処務規程には、右の常時決裁することとされている者が対外的にその名で行為することができる旨の規定はなく、実際にも次のとおり本件各契約は被告会長の名で締結されているから、右の常時決裁することとされている者は、内部的に決裁する権限を有するのみで、対外的には、その者によって処理された事務についても会長の名で行為が行われ、会長は右決裁者に対して、当該事務について個別具体的な指揮監督の権限を有しているものと認められる。

さらに、証拠(乙二ないし一一、乙一二の一、乙一三ないし一八、乙二六、二七の各一、乙三〇ないし三四の各一、乙三五ないし三七、三九ないし四五、四七、三二一)と弁論の全趣旨によると、名古屋市では、名古屋市契約規則二七条一項一号により、契約金額が二〇〇万円を超えない契約を締結するときは、契約書の作成を省略することができること、本件各契約についても、契約書が作成されたのは、代金額が二〇〇万円を超えるもののみであること、これらの契約(本件契約を除く。)の契約書では、被告西尾が、名古屋市長として名古屋市を代表し、被告協会の会長として被告協会を代表して契約を締結する旨の記載がされていること、以上の各事実が認められる。

(2) 右(1)で述べたところからすると、本件契約以外の本件各契約について、被告西尾は、名古屋市と被告協会の双方を代表して、契約を締結したものと認められる。

そして、民法一〇八条の双方代理の規定は、地方公共団体の長が、自らが代表者である他の団体との間で、双方を代表して契約を締結する場合について類推適用されるものというべきであるから、本件契約以外の本件各契約は、無権代理人によって締結されたものということができる。

なお、本件各契約中に代決によって締結されたものや被告協会において常時会長に代わって決裁することとされている者が決裁したものがあることは、前示のとおりであるが、右(1)認定の代決処理や被告協会における会長に代わって行われる決裁の性質からすると、そのことは、本件契約以外の本件各契約が双方代理によって締結されたとの右認定を左右するものではない。

また、本件各契約の締結についての意思決定及び契約締結行為に関する決裁が、右1(一)(6)認定のとおり、下部職員がまず起案し、次第に上部の職員が決裁するという形式でされたとしても、それは、名古屋市及び被告協会内部における決定過程に過ぎないし、契約書の作成が名古屋市の担当部局の係員と被告協会の事務局の担当者との間で行われたとしても、それは、契約書の作成という事実行為を誰がしたかという問題に過ぎないから、本件契約以外の本件各契約が双方代理によって締結されたとの右認定を左右するものではない。

(3) なお、名古屋市において代決によって締結された契約や被告協会において常時会長に代わって決裁することとされている者が決裁した契約について、これを実質的に見て、代決者が自らの判断により締結したと認められるものについては双方代理に当たらないという見解をとるとしても、本件契約以外の本件各契約は、右2(二)認定の事実からすると、名古屋市、被告協会の双方において、名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した施設等を購入するという被告西尾の方針に基づき、被告西尾の意を受けて締結されたものであるということができるから、双方代理に当たることになる。

(二) 住民訴訟における無権代理行為の主張について

住民は、地方自治法二四二条の二第一項四号によって、地方公共団体に代位して、損害賠償請求、不当利得返還請求等をすることができるのであるから、その当然の前提として、地方公共団体が実体関係において主張することができるあらゆる主張をすることができるものというべきである。

したがって、住民は、住民訴訟において、地方公共団体が締結した契約が無権代理行為によって締結された旨の主張をすることができる。

(三) 本人の許諾及び追認について

(1) 本件各契約の締結についての意思決定及び契約締結行為に関する決裁が、右1(一)(6)認定のとおり、下部職員がまず起案し、次第に上部の職員が決裁するという形式でされたり、契約書の作成が名古屋市の担当部局の係員と被告協会の事務局の担当者との間で行われたとしても、そのことをもって本人の承諾があったと解すべき理由はない。

(2) 弁論の全趣旨によると、名古屋市においては、被告西尾が購入の意思決定をした本件契約⑯、本件契約及び本件契約の三件の契約について、助役も決裁をしていることが認められる。

助役は、市長に事故があるときはその職務を代理することができる(地方自治法一五二条一項)が、双方代理となる場合は市長に事故があるときに当たると解することはできないし、仮に、市長に事故があるときに当たり、助役が市長の職務を代理することができるとしても、その場合には、助役が対外的に市長の代理者として行為することを示してその名で行為をしたときに初めて市にその効果が帰属するというべきであって、単に助役が内部の手続において長より前に決裁したということのみでは、その行為の効果が市に帰属するということはできない。

したがって、助役が決裁していることをもって本人の承諾があったものということはできない。

(3)ア 証拠(甲一六の四、乙三一六ないし三一九、丙一〇)と弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

① 平成二年三月二二日に開かれた名古屋市議会の市制百周年記念事業促進特別委員会において、本件各契約に関する議論がされた後、同委員会に付議された事件の審査を終了することが議決され、同月二六日に開かれた本会議においても、その旨の議決がされたこと。

② 名古屋市議会における平成二年度一般会計予算の審議に際して、同市議会の総務民生委員会において、本件各契約に関する質疑がされた後、平成二年三月一五日に開かれた同委員会において、右予算のうち同委員会関係分を可決する旨の議決がされ、同月二〇日に開かれた本会議において、右予算が可決されたこと。

③ 名古屋市議会の一般会計等決算特別委員会において、平成元年度の決算を認定することが議決され、平成二年一二月一八日に開かれた本会議において、右決算が認定されたこと。

④ 平成二年三月二九日に開かれた被告協会の第一三回理事会において、本件各契約による収入を含む平成元年度の収支決算書が議題とされ、右収支決算書が承認されたこと。

イ しかしながら、地方公共団体における契約締結に関する代表権の有無は、執行機関における権限の問題であるから、議会の議決があったからといって、無権代理行為について本人の追認があったということはできない。

また、仮に、議会の議決があった場合には、無権代理行為について本人の追認があったということができるとしても、本件では、右のとおり、議会においてされた議決は、特別委員会に付議された事件の審査を終了すること、予算の可決及び決算の認定であって、無権代理行為を許諾又は追認することを議題としてされたものではないから、無権代理行為について本人の追認があったということはできない。

ウ  被告協会において、本件各契約による収入を含む収支決算書が承認されたからといって、無権代理行為について本人の追認があったと解すべき理由はない。

(四)  以上のとおり、本件契約以外の本件各契約は、双方代理を禁止した民法一〇八条に違反した違法、無効なものであるということができる。

(五) なお、右2(一)で述べたとおり、名古屋市は、デザイン博が赤字となることを回避するために、必ずしも必要性がないものを、価格の妥当性について十分吟味することなく、また、随意契約の制限に関する法令に違反するなどして買い受けたのであるが、これは、主として、本件契約以外の本件各契約が双方代理によってされたことによって生じた弊害というべきであり、本件においては、実際にも、本人の利益保護のために双方代理を禁止している民法一〇八条の趣旨に反する結果となっている。

4  被告らの責任について

(一) 被告西尾の責任について

(1) 被告西尾が自ら決裁した契約について

ア 被告西尾は、前記第二の一4(一)のとおり、本件各契約のうち、本件契約⑯、本件契約、本件契約について、自ら、名古屋市長として購入の意思決定をした。

イ 被告西尾は、右の各契約のうち、本件契約⑯と本件契約については、前記第二の一4(二)のとおり、被告協会の会長としても、売却の意思決定及び契約締結行為をした。そして、被告西尾は、本件契約については、被告協会の会長として売却の意思決定及び契約締結行為をしていないが、そもそも、本件各契約は、右3(一)(3)のとおり、名古屋市、被告協会の双方において、被告西尾の方針に基づき、被告西尾の意を受けて締結されたものである。

ウ また、右3(五)のとおり本件各契約のうち本件契約以外の各契約が双方代理によって締結されたことによって右2(一)で述べたような弊害が生じているところ、右2(二)のとおりデザイン博が赤字となることを回避するために名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した物件を買い受けるという方針を定めた市長としては、そのような弊害についての認識があったものと認められる上、民法一〇八条は代理行為についての基本的な原則を定めた規定であるから、本件各契約のような地方公共団体の行為についても適用されると考えるのが自然である。

エ 以上のようなことからすると、被告西尾は、本件各契約のうち、本件契約⑯、本件契約、本件契約について購入の意思決定をすることが民法一〇八条に反することを認識していたか、又は認識していないとしても、そのことに過失があったものというべきである。

オ したがって、被告西尾は、故意に(仮に故意がないとしても過失によって)、本件各契約のうち、本件契約⑯、本件契約、本件契約について、民法一〇八条に反する違法な購入の意思決定を行い、その結果、名古屋市をして無効な右契約の締結及びその代金の支払をさせ、名古屋市に右代金相当額の損害を被らせたものということができるから、被告西尾は、右損害について、名古屋市に対して、損害賠償責任を負うというべきである。

(2) 代決者が決裁した契約について

ア 前記第二の一4のとおり、本件各契約のうち、本件契約⑯、本件契約、本件契約及び本件契約以外の各契約は、代決者が購入の意思決定及び契約締結行為をしたものであり、被告西尾は、購入の意思決定及び契約締結行為をしていない。

イ しかし、市長の権限に属する財務会計上の行為を補助職員が代決により処理した場合でも、市長は、右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により、右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときは、市が被った損害について賠償責任を負うものと解するのが相当である。

ウ 右3(一)(3)のとおり、本件各契約は、名古屋市、被告協会双方において、被告西尾の方針に基づき、被告西尾の意を受けて締結されたものである上、被告西尾は、その一部については、右(1)アイのとおり自ら購入の意思決定並びに売却の意思決定及び契約締結行為をしているほか、前記第二の一4(二)のとおり、本件契約⑩、本件契約⑰、本件契約、本件契約について、被告協会の会長として自ら売却の意思決定及び契約締結行為をしている。そうすると、被告西尾は、自ら購入の意思決定をしたもの以外に名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した施設等を購入する契約があることを十分認識していたものと認められる。

そして、右のとおり、本件各契約は、名古屋市、被告協会双方において、被告西尾の方針に基づいて、被告西尾の意を受けて締結されたものであること及び右(1)ウで述べたところからすると、被告西尾は、本件各契約のうち、本件契約⑯、本件契約、本件契約及び本件契約以外の各契約について、補助職員が購入の意思決定及び契約締結行為を行うことが民法一〇八条に反することを認識していたか、又は認識していないとしても、そのことに過失があったものというべきである。

エ したがって、被告西尾は、名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した施設等を購入する契約について他の者に権限を委任するなどの双方代理となることを回避する措置をとって、本件各契約のうち、本件契約⑯、本件契約、本件契約及び本件契約以外の各契約について、補助職員が民法一〇八条に反する違法な購入の意思決定及び契約締結行為を行わないようにすべき義務があったにもかかわらず、故意に(仮に故意がないとしても過失によって)、これを怠り、その結果、名古屋市をして無効な契約の締結及びその代金の支払をさせ、名古屋市に右代金相当額の損害を被らせたものということができるから、被告西尾は、右損害について、名古屋市に対して、損害賠償責任を負うというべきである。

(3) よって、被告西尾は、名古屋市に対して、右損害金合計一〇億二八九三万八九二一円及びこれに対する代金支払後である平成二年九月七日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をする義務があることになる(なお、当裁判所は、本件口頭弁論を終結するに当たり、被告西尾に対し、同被告主張事実を立証するため、被告西尾本人の尋問を申請すべき旨勧告したが、被告西尾は、その申請をしなかった。)。

(二) 被告大澤の責任について

(1) 前記第二の一4(一)のとおり、被告大澤は、本件契約⑱の購入の意思決定をしたのであるが、本件各契約中の他の契約については、購入の意思決定も契約締結行為もしていない。

したがって、被告大澤は、本件契約⑱以外の契約に関して、「当該職員」として損害賠償責任を負うことはないというべきである。

(2) そこで、被告大澤が本件契約⑱に関して損害賠償責任を負うかどうかについて判断する。

被告大澤は、名古屋市の助役として、市長を補佐して、前記第二の一4(一)(1)ア①の担任事務を中心として市の行政全般にわたって監督する地位にあったのであり、また、証拠(被告大澤正隆)によると、デザイン博の担当助役であったことが認められるから、被告西尾が市長であるとともに被告協会の会長であること、右のとおり、被告西尾の方針に基づき、被告西尾の意を受けて、デザイン博が赤字となることを回避するために、名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した施設等を買い受けることとなったこと及び右のとおり右2(一)で述べたような弊害が生じることについての認識があったものと認められる上、民法一〇八条は代理行為についての基本的な原則を定めた規定であって、本件各契約のような地方公共団体の行為についても適用されると考えるのが自然な理解であることからすると、被告大澤は、本件契約⑱について購入の意思決定をすることが同条に反することを認識していたか、仮に認識していないとしても、そのことに重大な過失があるというべきである。

したがって、被告大澤は、故意に(仮に故意がないとしても重大な過失によって)、本件契約⑱について、民法一〇八条に反する違法な購入の意思決定を行い、その結果、名古屋市をして無効な右契約の締結及びその代金の支払をさせ、名古屋市に右代金相当額の損害を被らせたものということができるから、被告大澤は、右損害について、名古屋市に対して、損害賠償責任を負うというべきである。

よって、被告大澤は、名古屋市に対して、右損害金三五三〇万五六二九円及びこれに対する代金支払後である平成二年九月八日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をする義務があることになる。

(三) 被告栗田の責任について

(1) 被告栗田は、名古屋市の収入役として、本件各契約中本件契約⑲ないし及び以外の各契約について、支出負担行為の確認(支出負担行為が法令又は予算に違反していないこと及び支出負担行為に係る債務が確定していることの確認)をする義務があり、それをしたうえでなければ支出をすることができない(地方自治法二三二条の四第二項)。

(2) 被告栗田が自ら支出負担行為の確認をした契約について

ア 前記第二の一5のとおり、本件各契約の代金の支出のうち、被告栗田が自ら支出負担行為の確認をしたのは、本件契約③、本件契約⑥(一部の支出命令に係るもの)、本件契約⑧、本件契約⑩ないし⑰、本件契約⑱(一部の支出命令に係るもの)、本件契約、本件契約ないし、本件契約(一部の支出命令に係るもの)、本件契約(一部の支出命令に係るもの)、本件契約、本件契約(一部の支出命令に係るもの)及び本件契約の代金の支出である。

イ 証拠(乙三二〇の二ないし四、被告栗田大六)と弁論の全趣旨によると、被告栗田は、民法上、双方代理が禁止されていることを知っていたこと、名古屋市では、支出負担行為の確認は、債権者からの請求書及び支出命令書によって行われていること、支出命令書には、金額、支出先、支出の趣旨(例えば、「世界デザイン博覧会会場○○の購入」)等が記載されていること、被告栗田は、名古屋市長と被告協会の会長が同一であることを知っていたこと、以上の各事実が認められる。

また、被告栗田は、収入役という名古屋市の幹部職員であること、前示のとおり、被告栗田も構成員である名古屋市の幹部会では、毎週デザイン博の入場者数が報告されていたので、被告栗田は、右2(一)(1)認定の平成元年九月ころのデザイン博についての客観的な情勢についてもある程度認識していたものと推認することができること、右1(四)認定のとおり、名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した施設等を購入することについては、右幹部会において話題になっていたこと並びに被告協会から名古屋市が購入した目的物や価格は、右支出命令書及び請求書から明らかになることからすると、被告栗田は、右のとおり、被告西尾の方針に基づき、被告西尾の意を受けて、デザイン博が赤字となることを回避するために、名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した施設等を買い受けることについて認識しており、右2(一)で述べたような弊害が生じていることについても、ある程度認識があったものと認められる。そして、右のような状態の下では、民法一〇八条の双方代理の規定を知っている以上、決裁を積み重ねて購入意思が決定されるようになっていても、本人保護のために双方代理を禁止している民法一〇八条が適用されるべき場合であると考えるのが自然であるということができる。

以上述べたところからすると、被告栗田は、本件各契約中右の各契約について支出負担行為の審査をするに当たり、これらの契約は被告西尾が名古屋市と被告協会の双方を代表して締結したもので、民法一〇八条に反するものではないかとの疑いを持ち、その点について調査をすべきであったということができる。

ウ しかるところ、証拠(被告栗田大六)と弁論の全趣旨によると、被告栗田は、漫然と名古屋市には双方代理の規定の適用はないものと考えて、右のような調査を全く行わなかったものと認められるが、右イで述べたところからすると、被告栗田が、右のような調査を全く行わず、右の各契約が民法一〇八条に反することを認識しなかったことには、重大な過失があるものというべきである。

そして、被告栗田は、右の重大な過失により、無効な右の各契約(被告栗田が一部の支出命令についてのみ調査した契約については、その支出命令に係る部分)について支出を行い、その結果、名古屋市にそれらの各契約の代金相当額の損害を被らせたものということができるから、被告栗田は、右損害について、名古屋市に対して、損害賠償責任を負うというべきである。

(3) 被告栗田が自ら支出負担行為の確認をしなかった契約について

ア 前記第二の一5のとおり、本件各契約中本件契約⑲ないし及び以外の各契約のうち、右(2)記載の被告栗田が自ら支出負担行為の確認をしたもの以外については、副収入役又は審査課長が支出負担行為の確認をしたものである。

イ しかし、右のように収入役の権限に属する財務会計上の行為を補助職員が代決により処理した場合でも、収入役は、右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は重大な過失により、右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときは、市が被った損害について賠償責任を負うものと解するのが相当である。

ウ 右1(四)認定のとおり、名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した施設等を購入することについては、被告栗田も構成員である名古屋市の幹部会において話題になっていた上、被告栗田は、右(2)のとおり本件各契約の一部については、自ら支出負担行為の確認をしているのであるから、被告栗田は、補助職員において、名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した施設等を購入する契約に関する支出負担行為の確認をしていることを知ることができたものというべきである。

また、右(2)イで述べたところからすると、被告栗田は、補助職員に対して、名古屋市が被告協会からデザイン博で使用した施設等を購入する契約について被告西尾が名古屋市と被告協会の双方を代表して締結したものであるかどうかを調査し、そうである場合には、支出を行わないように指示すべき義務があったということができる。

しかるところ、証拠(被告栗田大六)と弁論の全趣旨によると、被告栗田は、漫然と名古屋市には双方代理の規定の適用はないものと考えて、右のような指示を全く行わなかったものと認められるが、右(2)イで述べたところからすると、そのことには、重大な過失があるというべきである。

したがって、被告栗田は、補助職員に対して右の指示をする義務を怠り、重大な過失によって、無効な契約に基づいて支出が行われることを阻止せず、その結果、名古屋市に、右(2)記載の被告栗田が自ら支出負担行為の確認をしたもの以外の契約に係る代金相当額の損害を被らせたものということができるから、被告栗田は、右損害について、名古屋市に対して、損害賠償責任を負うというべきである。

(4) よって、被告栗田は、名古屋市に対して、右損害金合計一〇億二八三三万六一六五円及びこれに対する代金支払後である平成二年九月一六日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をする義務があることになる。

(四) 被告協会の責任について

(1) 不当利得返還請求について

ア 本件各契約のうち本件契約以外の各契約について

本件各契約のうち本件契約以外の各契約は、右3のとおり民法一〇八条の類推適用により無効であるから、被告協会がこれらの契約に基づき支払を受けた代金は、不当利得となる。したがって、被告協会は、これらの代金を名古屋市に返還すべき義務がある。

イ 本件契約について

本件契約は、前記第二の一4のとおり、名古屋市においては、水道局長が、水道事業の管理者として、購入の意思決定及び契約締結行為を行ったものであるので、双方代理によって締結されたものではない。

しかし、証拠(乙二九六ないし三〇五)と弁論の全趣旨によると、本件契約の目的物(時計塔、シェルター、外灯、ごみ箱、すいがら入れ)は、名古屋市が購入した後デザイン博で使用されたことを示す表示もなく市の建物内や市の施設の敷地内に置かれているのであって、特別人目を引く変わったデザインのものであるとまでいうことはできないから、これらの物件が、特にデザイン博開催の記念となるということはないし、名古屋市のデザインを大切にする街づくりを進めるという施策の推進に資する大きな効果があるということもできない。しかも、本件契約の目的物は、右認定のようなものであるから、市販品を取得することにより調達することができるものと考えられる。

したがって、本件契約の目的物は、随意契約によって取得する必要性はなく、本件契約が地方自治法施行令一六七条の二第一項二号が規定する「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」に当たるとの名古屋市の判断には合理性がないから、違法である。

また、本件契約について、他に随意契約が許されるとすべき事実は認められない。

さらに、被告協会の会長は被告西尾であるところ、右2で述べたように、本件各契約は、被告西尾の方針に基づき、その意を受けて、デザイン博が赤字となることを回避するために締結されたもので、そのために、右2(一)で述べたような弊害が生じているのであるから、被告西尾は、本件契約について随意契約が許されないことを知っていたか、又は知らないとしても知ることができたものと認められる。

よって、本件契約は、無効であるというべきであるから、被告協会がこれらの契約に基づき支払を受けた代金は、不当利得となる。したがって、被告協会は、これらの代金を名古屋市に返還すべき義務がある。

ウ 以上述べたところからすると、被告協会は、名古屋市に対して、右不当利得金合計一〇億三六三一万九三二四円の支払をする義務があることになる。

なお、原告らが、本件各契約に基づいて名古屋市が引渡しを受けた施設等の返還について、被告協会に対して履行の提供をした旨の主張立証はないから、右不当利得金に対する遅延損害金の請求は、認められない。

(2) 損害賠償請求について

被告協会の会長であった被告西尾は、既に述べてきたとおり、本件各契約が無効であることを知っていたか又は知ることができたのであるが、被告西尾が、それにもかかわらず、被告協会の代表者として、本件各契約を締結したからといって、直ちに、被告西尾の被告協会代表者としての行為が、名古屋市に対する関係で、不法行為に当たるということはできないし、他に被告西尾の被告協会代表者としての行為が、名古屋市に対する関係で不法行為に当たるとすべき事情は認められない。

したがって、損害賠償に対する遅延損害金の請求も、認められない。

三  付言するに、デザイン博は、名古屋市の百周年記念事業の一環として、名古屋市が中心となって行ったものであるから、名古屋市は、元々、デザイン博が最終的に赤字となった場合には、補助金等により、被告協会の赤字を補填すべき立場にあったといえる。

そして、前示のように、本件各契約に基づく代金の支払は、実質的には、名古屋市がデザイン博の施設等の購入代金名目で資金を提供することにより被告協会の赤字を補填するものであるから、実質的には、補助金の交付と見る余地があり、そのうち、赤字補填に使用された部分については、公益上の必要性もあったといえる。

しかしながら、本件において、被告ら及び参加人は、そのような主張をしないし、また、本件においては、補助金の交付について議会の承認があったとはいえないから(決算の認定は、本件各契約が売買契約であることを前提としてされているから、それによって補助金交付について議会の承認があったとすることはできない。)、そのような観点から本件各契約に基づく代金の支出を正当化することもできない。

第五  総括

以上の次第で、本件訴え中、本件契約に係る被告西尾及び被告大澤に対する損害賠償請求に係る部分並びに本件契約⑲ないし及びに係る被告栗田に対する損害賠償請求に係る部分は、不適法であるので、これを却下し、被告西尾及び被告栗田に対するその余の請求は、いずれも理由があるので、これを認容し、被告大澤に対する請求は、名古屋市に対し、損害賠償金三五三〇万五六二九円及びこれに対する平成二年九月八日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をすることを求める限度で、被告協会に対する請求は、名古屋市に対し、不当利得金一〇億三六三一万九三二四円の返還をすることを求める限度で、それぞれ理由があるので、右の限度でこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

なお、仮執行宣言は相当でないので付さないこととする。

(裁判長裁判官岡久幸治 裁判官森義之 裁判官岩松浩之)

別紙(一)〜(五)<省略>

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